Illustration Blog by KAZ

投稿者: KAZ (176ページ目 (196ページ中))

「OTONAそらいろフラッター」

昨日、Twitterでお伝えしたのですが、漫画「そらいろフラッター」(byおくらさん)終了記念をお祝いして、市川、しょーもない漫画描きました(笑)。いやあ、登場人物の狛江君が好きで好きでタマらず、んでももってヒデさんが市川にはどーにもこーにも一番怖~い人にしか思えず(笑)。狛江君の処女を奪えるのは絶対にヒデさん!と思って描いたわけです。うーんうーんうーん、実際にオチンチンとか描いてないんだから18禁じゃなくていいのかな……この辺は結構本気で物凄く迷うとこですが(笑)。

「そらいろフラッター」は、自分たちの「性」に直面する高校生たちの姿も面白いのですが、それと同時にセクシュアリティのゆらぎを実に見事に描いているところがスゴイな、と思うわけです。実際に性的指向とはグラデーションなのではないか、ということは言われているし、そこで自分が何者であるか(「ゲイ」である、「ヘテロセクシャル」である、「バイセクシャル」である、「アセクシャル」である等々)を選択して定義してゆくのはライフステージにおける別の段階だったり、政治的戦略だったりするわけで。若いからこそ、迷ったり、決心したり、それでも迷ったりを繰り返す、そしてそれを曖昧だ、若さ故の未熟さだ、という言葉で断罪してしまうのではなく、as it is(そうであるもの)としてさらりと描いている、それを「そらフラ」で描かれていることはスゴイなあ、と思っているのです。

10年後に「そらフラ」の彼らと再会したら、能代なんて「僕……結婚したんだ」とか言いそうじゃないですか?それはひとつの人生なのだけれど、 「僕は君が好き」だけでは終われない、「僕が君を好きだと思っていることを世間にどう思われるのか。そのプレッシャーの中で僕はどう生きることを選ぶのか」という中で生きなければならない、厳しい現実が彼らの背後にはある。そしてその姿が可愛らしくも淡々と描かれてゆく。希望と悲哀が薄皮一枚の裏表にある現実の上に描かれてゆく彼らの物語。これは本当に切ないことだと思うのです。

でも、この漫画読んでたら、市川、高校時代、屋上でサボってばっかいたなーと思い出しました(笑)。狛江君みたいな同級生と一緒に(笑)。甘酸っぱい思い出~~~~゚+。:.゚ヽ(*´∀`)ノ゚.:。+゚(笑)

「そらいろフラッター」、可愛くて面白いっス。是非是非どうぞです。

http://yellowparka.is-mine.net/yp_sora.html

最近読んだもん

ここ1週間ぐらいで読んだ本は、ベルント・ブルンナー「熊 人類との「共存」の歴史」と木内昇「漂砂のうたう」でござりまする。あ、今はぽっちりぽっちり坂口安吾を読んでたりします。Twitterで「安吾面白れーっ」とか言う書き込みあって、どーれと思いまして。学生時代、「桜の森の……」は読んだんですが、すっかり忘れておりましたわい(;´Д`)。でも「夜長姫と耳男」を読んだけど確かに面白れーっ!

「好きなものは咒うか殺すか争うかしなければならないのよ」

スゲくないスか、これ!

ベルント・ブルンナーはプレビューを見ると、人は何故、熊に親近感を覚えるのか、とか、熊と人間の関わり合いの歴史雑学っぽかったので、読んでみたいなーと思ったのですが、うーむ、ちょっと自分には漫然とした感じで………。もっと突っ込んで読みたかったので、それはまた何か本を見つけてみたいと思います。

「漂砂のうたう」は明治10年の遊郭を舞台にした時代小説なのですが、手に取るまで、直木賞受賞作品だとはまったく知らず……(市川、ホントに不勉強なのです)。遊郭を男の視点から描いているという面白さもあって、読んでいくうちにぐいぐい引き込まれました。時代が変わっていく時代、取り残されて、どうすればいいのか分からず、主人公・定九郎は何をやっても自分が駄目駄目な気がして、ホントにどん詰まり感たっぷりなところに、市川思わず親近感が(笑)。小説の中に落語家・ポン太、というのが登場するんですが、何故か頭の中でずーっと火野正平を思い浮かべとりました……何故だろう(笑)。

漫画、マンガ、まんが

市川は今年厄年のおじさんです。

自分が厄年になるだなんて思ってもみなかったー(笑)。心の中では永遠の17歳、まだまだジャ○ーズデビュウを夢見るお年頃、そんな風に思っていたのに。結構セルフイメージは今でも変わらずジャ○系です。そうよ、市川はジャ○系!あおい輝彦だって、おりも政夫だって、野村義男だってジャ○系って言えばジャ○系じゃない!?元ジャ○ーズ事務所なんだから!

ま、その話は別として、市川、毎年大体2月に厄除けもかねて神奈川県は寒川神社にお参りにいくのでした。寒川神社は子供の頃から色々縁がある神社だったんですが、大人になって気がつくとやっぱり毎年お参りに行っている神社になっているのでした。

んで、今日、厄年の厄除けを兼ねてお参りに行きまして。で、絵馬を書いた。

そう、ここまではよかった、ここまでは。


市川、絵馬に、

「良い慢画が描けますように」

としっかりくっきり書いていた。


「漫画の漫の字……間違ってね?」
同行してくれたK君がぼそっと言った。

ええええええっ!?
マジすかっ!?
ええっ!?
漫画!?
慢画じゃなかったっ!?
ええええええっ!?

絵馬に間違った字を書いたときはどうすればいいのよっ!?

黒で誤字を塗りつぶすの!?
二重線を引くの!?
全面書き直し!?

履歴書なら全部書き直し。
役所に提出する書類なら二重線を引いて印鑑を押す。

絵馬の場合はっ!?
印鑑、押せばいいんですかっ!?
印鑑、カバンの中に入ってますがっ!?

動揺しまくった市川は、黒で塗りつぶすでもなく、二重線を引くわけでもなく、さらにそこに印鑑を押すでもなく、思いっきり誤字の上に正しい文字を上書きしましたさ。
小学校の漢字の書き取りテストのときも、そんな暴挙に出て ×喰らったのに。
人間、厄年になっても結局小学生のときとやってること、まったく一緒じゃん!
いいのか、市川これで!?


いい。


きっと寒川の神様は寛容なはず。
だって神様なんだから!
小学校の担任の高橋先生や赤塚先生や山本先生みたいに、有無を言わさず×なんかにしないはず!
空気読むはず!
70億近い人類の面倒見てたら、そんな細かいとこまで気がつかないはず!
自分だったら絶対気がつかない!
そう自分に言い聞かせて神社を後にしながらふと気がついた。


…………毎年絵馬に「漫画家になれますように」と書き続けてきたが、きっと毎年「漫画家」とは書かずに「慢画家」と書いていたように思う。


寒川神社の神様ありがとう。
ありがとう、ありがとう、そしてありがとう。

市川、確かに漫画家じゃないけど、何かちょっと間違っちゃったニセモノ感たっぷりの慢画家にはなれてるような気がする。


てか、調べてみましたが、「慢」って「人間の持つ煩悩の中のひとつ、思い上がった気持ちの意味」なんだそうス………………。
煩悩画家。思い上がり画家。
まさに市川そのものではないデスカ。おのれ!反省せねばなるまい!黙って頭を垂れよ、市川!

神様に思いっきり「バーカバーカバーカ」と言われてる気がする。
市川、相変わらずなうかつな人生。
市川、毎日がこんなにうかつな人生。
神様、ありがとう、ありがとう、そしてありがとうっ(泣)。


てか、厄年になるまで「慢画家」とか漢字間違って書いてたってどうなのよ!?(笑)


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